2014年5月18日日曜日

「印傳極楽金魚」②希守池實

 本番では、見た目そのままのタレントの名前が出た。大きな目玉をおっぱいに例えて、煌びやかさも似て、こんなにオッパイってパンパンに腫れ上がるのかと思うくらいのオッパイを張り出した謎の爆乳セレブタレント姉妹がターゲットにされ、それなりに笑いをとった。プロデューサーとディレクターの狙い通りにはなったようだけど。
その金魚鉢とその中に出目金がケイスケの部屋に居座っているのだった。ひどい二日酔いで金魚の目と同じように腫れぼったい眼をしたケイスケは、幻影の中に叫ぶ出目金を見ていた。“叫ぶ詩人の会”は知っているけど、叫ぶ出目金は知らない。
「あーあ。飲みすぎで頭完全にイカレてしまった。」ケイスケはよろよろと立ち上げり、冷蔵庫にあるミネラルウォーターを探したが、昨日コンビニで買ってきたはずのボトルは見当たらなかった。水道水を飲んだ。
「不思議と東京の水はうまいよな。海外に行ったら水道水を飲むなんて、相当腹痛を覚悟しなければならないよな。」と一人ごちながら、簡易ベッドに戻って横になった。
病院をロケセットに使うドラマのロケをしたときに、捨てるという病室の簡易ベッドをもらってきたやつだ。ロケ中美術セットのセッティング待ち時間の雑談の中で
「自分は独身アパート住まいでベッドがないのだけど、こういうサイズのベッドは独身者にはちょうど良いですね。」などと話していたら、ロケ終了後プロデューサーが
「おい、イナトミ。このベッド、捨てるらしいからもらって帰って良いらしいぞ。」とお達しがありもらってきたやつだ。それは制作費で処分する予算がかからなくて渡りに船だとプロデューサーのせこい考えのはずだ。
終了後仲間に手伝ってもらって分解し、帰りのロケ車で自分のうちまで一回りしてもらって手に入れたやつだった。
誰かがこのベッドの上でご臨終なさったベッドかもしれなかった。幻影や幻聴が聞こえるのは、その崇りかもしれないと思いながら恐る恐る金魚鉢に眼をやった。
昨日のロケ終了後AD仲間とともに水が漏れないように蓋をして金魚鉢抱えながら飲み屋に直行した。最終日ロケが終了すると、とりあえず翌日はオフになる。必ずといってよいほど打ち上げ、反省会と称して飲みに行く。昨日は珍しくプロデューサーも監督ディレクター陣は別のタレントとのパーティがあるからといって参加せず、ADだけの打ち上げになった。
打ち上げの席にはプロデューサーやディレクターがいつもはいるのだが、大体はプロデューサーとディレクターのストレス解消の場所となり、仕事で散々こき使われた末に更に打ち上げでもアシスタントが罵倒の標的になる。
昨日はADたちだけだったので愚痴三昧となり、傷の舐め合いで終わった。腹いせにテレビ局のタクシー券を使ってみんなで回って帰宅した。それくらいは、大目に見てくれるだろうと酒に酔った甘い考えだ。
金魚鉢に眼をやる、出目金が悠々と泳いでいるはずだった。ケイスケはかすみがかった眼をこすりながら、金魚鉢のほうに這って近づいた。
「あれ、どうしたんだろう。出目金のやつ仰向けになって水面に白い腹を出してる。あれ、死んじゃったかなー。えさもやってないし、空気ポンプは・・・電源入れてなかったかなー。やばいな。かわいそうに。三万もしたのに。こいつのせいで毎月ギャラを引かれるというのに。独身者の癒しの道具にしようと思っていたのに、しかしかわいそうなことしてしまった。あーあー。かわいそうなことしてしまった。」ケイスケは出目金のひっくり返った大目玉を下から覗き込んだ。
「あれ、金魚に目蓋があったっけ。眼をつぶって眠っているようなカンジ。変な金魚だな。でも金魚にマブタはないよなー。聞いたことないよなー。俺の脳みそ酒でイカレタかな。まだ幻影を見ているのかしら。れれれれれー。放尿して起きるか。」ケイスケはトイレに行ってション便してきてまた金魚鉢を覗き込んだ。金魚はそのままだった。
「腹減ったな。コンビニ弁当でも買ってきて、食べるか。」ケイスケはジャージ姿で近くのコンビニまで行って、海苔弁当を買ってきて、食っている。
「やっぱ、海苔弁はシンプルで手頃だし、いいよな。最近のロケ弁当はなぜか豪勢になって、タレントもわがままにどこそこのロケ弁当がいいなんて、言いたい放題だよな。数年前までは安い弁当を多めに取って、余ったやつをADがもらって来れたのに。その上ロケ弁当費用が結局打ち上げ費用に影響してきて、最近の打ち上げもせこくなってしまったよな。あーあ。海苔弁最高。」食べながら金魚鉢に眼をやる。
「すまんな。出目金さんよ。死ぬ前にたらふくえさを食べさせてやればよかったな。オッパイぱんぱんのセレブ姉妹にでももらえれば、豪勢な生活が送られたのにな。パイパイ姉妹もお笑いタレントにおちょくられて、ニコニコしていたけど相当頭にきてたんじゃないかな。“きれいな出目金ちゃんね、もらって帰ろうかしら”なんて話も出なかったものな。人生なんて、一瞬にして天国と地獄が選択されるんだよなー。ツイテなかったよな出目ちゃんよ。」
「そうともいえんぞなもし。青年。狙い通りのとこに来たのさ、バッテン。」ケイスケのアルコール漬けの鼓膜に、また幻聴が走った。
「???あーあ。またなんか聞こえた。もう少し寝てから、夕方会社に行って、テープの整理でもするか。今日はゆっくり行こう。」
「こら、青年。ゆっくりしている暇ないぞ。そろそろ方針を立てなきゃいかんタイ。」ケイスケは再び背筋がぞくっとして、金魚をみた。仰向けに死んでいるのは変わりなかった。おそるおそる近づいて、下からマブタのある大目玉を覗き込んだ。
「優しい声をかけたが、あまりお前が起きんかったから、わても寝てしもうたがや、だら。やっと起きなさったか。ボケナス青年。」と聞こえたかと思ったら、マブタがだらっと開いて、ケイスケを凝視する。ごろりとひっくり返って、ヒラヒラと優雅にヒレが舞った。

「ななな、なんじゃこりゃ。」ケイスケはもんどりうって後頭部を簡易ベッドの鉄柱にぶち当ててしまった。〈つづく〉

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