2014年6月9日月曜日

「印傳極楽金魚」⑪希守池實


二、若者よ、世に言うな!

 ケイスケは自分のアパートから三十分ほどのところにある会社にいた。夕方出社だが昨日スタジオ撮影で撮りは終了し、中間打ち上げもあったので午後出社も許される。 制作会社はプログラムを期日に間に合うようにあげて納品すればいいので、基本的にはフレックスタイムだ。しかしアシスタントディレクター・ADは、そうはいっても一プログラムが終了するまでほぼ十二時間以上掛りっきりだ。遅く出社すればその分遅くなるし、のんびりしていると追い上げの時はほんとに二十四時間ぶっ続け作業になる。
ディレクターはADが準備している間、編集作業に入るまでの準備期間にはオフになるか、別のプログラムの掛け持ちか、次のプログラムの企画・シナリオ作業を行う。ADは現場で仕事を覚えて行くしかない。
プロデューサーはADに「早く新しい企画持って来いよ。面白かったら、ディレクターやらしてやるからよ。」というけど、毎日、毎週、製作に追われて企画書を書く暇はなかった。プロデューサーもそんな根性のあるADなんてめったにいないと分かっていて、時々ADのモチベーションを上げるために、そんなことも言う。
本気で寝ないつもりで企画書なりシナリオを書き上げないと最初の一本のディレクションはできない。ディレクターは資格試験に受かって公的になれるわけじゃないから、現場の中で身近なプロデューサーに認めてもらわなければなれない。更にチャンスをものにして初めてディレクターをやっても、その作品が良くなければ、またしばらくADで冷や飯を食うしかない。

最初から制作畑で生きて行こうと決める若手もいるが、それはそれでゆくゆくプロフェッショナル制作として何本も作品掛け持ちで稼ぎ出すものもいる。若い時は稼ぎよりも、ディレクターを目指し自分のクリエイティブ能力で作品を作り上げていく喜びを感じたいものだ。ケイスケもディレクターを目指してこの世界に入ってもう三年あまりが経つ。

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