2014年6月2日月曜日

「印傳極楽金魚」⑩希守池實


「いや。今回の場合は、わしは息抜きに来たったい。少々疲れ気味でな。ボーっとしとったら、出目金が見えたけん、しばらく水の中でリゾートでもしようかと思って、出目金に入魂したら、お前が登場して来たったい。」
「じゃ特に選ばれたわけでもないわけなのね。どうでもいいんじゃないの。」
「いやいや、こういうときもあるのよ、だんな。掘り出しものが。ちょっと見とったら、君はなかなか性格がええよ。素直というか、純粋というか、ちょっと興味ひかれたのよ。抜けとるいうか、とろくさいというか。おたんこなすというか。」
「褒めてねーじゃねーか。」
「いやいや、口が滑ったんやけんど。なかなか最近の若いもんにしては、いいもの持っているよ。」
「持っているかどうか分からないじゃないか。もういいよ。しゃべれる出目金を飼っているということなのね。そろそろ会社に行くよ。帰りにえさ買ってくるから、それまで我慢しな。電気代かさむけど、空気のぷくぷくも付けておくからさ。狭いところですみませんね。癒しのツールとして楽しみに持ち帰ったのに、これじゃ生死にかかわるほど疲れそう。」
「そうじゃ、君は今頑張りどころじゃ。生き様をしっかり考える時期じゃ。だから出目金に入魂してきたんじゃよ。君のために。しばらく面倒見てやるから。安心せよ。君の未来は明るい。」
「さっきの話と違うじゃないの。リゾートに来たんでしょ。あーあ、おしゃべり出目金と暮らしているなんて仲間に言うと、それこそ気がふれたと思われて、友達も職も無くすだろうな。」
「まあ、ええがな。人生いろいろ。ビシャモンのコンセプトは“武士の心を持って、ハッピィ、ラッキィ、ネイチャー”なのです。楽しく、幸運を掴んで、自然体に、がモットーじゃ。心に留めて生きて行こう。しばらく私と付き合うと、わかりますよ。その意味が。」
「わかりました。僕の頭が狂ったのか知れないけど、現実らしいからしょうがない。」
「そうじゃ、居直りも大切よ、人生は。な、いろいろあるかもしれんけどハッピィに生きようゼヨ。爽やかに行ってきなさい。えさも頼むで、中華は嫌いじゃ、やっぱ和風での。」
「えさに、そんなのあるのかい。まあ、ハッピィに行ってくるよ。留守を頼んだぞ。」
「おうよ、その調子。その調子。」ケイスケが着替えて金魚鉢みたら、出目金はすでに仰向けになって、マブタを閉じていた。するとおもむろに仰向けのままマブタをゾロっと開けて、
「ケイスケ君、もう一言言うことがあったワイ。ビシャモンのモットー“ハッピィ、ラッキィ、ネイチャー”はのう、どこにあるかというとじゃのう、君の足元や一番身近なところにあるということじゃ。忘れないことさ。このことを。身近なとこじゃ。青年よ進みなはれ。では、本日はさらばじゃ。寝るゼヨ。」
「金魚にマブタあったっけ。」
「わしはな、ドライアイじゃけんの。」ビシャモンは大きなマブタをゾロっと閉じた。
「水の中にいるのに、ドライアイなの。わからん。しかし金魚にまぶたあったっけ。」イナトミケイスケは首をかしげながら、アパートを出た。

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