2013年7月9日火曜日

小説「印傳極楽金魚」

打ち上げの席にはプロデューサーやディレクターがいつもはいるのだが、大体はプロデューサーとディレクターのストレス解消の場所となり、仕事で散々こき使われた末に更に打ち上げでもアシスタントが罵倒の標的になる。
昨日はADたちだけだったので愚痴三昧となり、傷の舐め合いで終わった。腹いせにテレビ局のタクシー券を使ってみんなで回って帰宅した。それくらいは、大目に見てくれるだろうと酒に酔った甘い考えだ。
金魚鉢に眼をやる、出目金が悠々と泳いでいるはずだった。ケイスケはかすみがかった眼をこすりながら、金魚鉢のほうに這って近づいた。
「あれ、どうしたんだろう。出目金のやつ仰向けになって水面に白い腹を出してる。あれ、死んじゃったかなー。えさもやってないし、空気ポンプは・・・電源入れてなかったかなー。やばいな。かわいそうに。三万もしたのに。こいつのせいで毎月ギャラを引かれるというのに。独身者の癒しの道具にしようと思っていたのに、しかしかわいそうなことしてしまった。あーあー。かわいそうなことしてしまった。」ケイスケは出目金のひっくり返った大目玉を下から覗き込んだ。
「あれ、金魚に目蓋があったっけ。眼をつぶって眠っているようなカンジ。変な金魚だな。でも金魚にマブタはないよなー。聞いたことないよなー。俺の脳みそ酒でイカレタかな。まだ幻影を見ているのかしら。れれれれれー。放尿して起きるか。」ケイスケはトイレに行ってション便してきてまた金魚鉢を覗き込んだ。金魚はそのままだった。
「腹減ったな。コンビニ弁当でも買ってきて、食べるか。」ケイスケはジャージ姿で近くのコンビニまで行って、海苔弁当を買ってきて、食っている。
「やっぱ、海苔弁はシンプルで手頃だし、いいよな。最近のロケ弁当はなぜか豪勢になって、タレントもわがままにどこそこのロケ弁当がいいなんて、言いたい放題だよな。数年前までは安い弁当を多めに取って、余ったやつをADがもらって来れたのに。その上ロケ弁当費用が結局打ち上げ費用に影響してきて、最近の打ち上げもせこくなってしまったよな。あーあ。海苔弁最高。」食べながら金魚鉢に眼をやる。
「すまんな。出目金さんよ。死ぬ前にたらふくえさを食べさせてやればよかったな。オッパイぱんぱんのセレブ姉妹にでももらえれば、豪勢な生活が送られたのにな。パイパイ姉妹もお笑いタレントにおちょくられて、ニコニコしていたけど相当頭にきてたんじゃないかな。“きれいな出目金ちゃんね、もらって帰ろうかしら”なんて話も出なかったものな。人生なんて、一瞬にして天国と地獄が選択されるんだよなー。ツイテなかったよな出目ちゃんよ。」
「そうともいえんぞなもし。青年。狙い通りのとこに来たのさ、バッテン。」ケイスケのアルコール漬けの鼓膜に、また幻聴が走った。
「???あーあ。またなんか聞こえた。もう少し寝てから、夕方会社に行って、テープの整理でもするか。今日はゆっくり行こう。」
「こら、青年。ゆっくりしている暇ないぞ。そろそろ方針を立てなきゃいかんタイ。」ケイスケは再び背筋がぞくっとして、金魚をみた。仰向けに死んでいるのは変わりなかった。おそるおそる近づいて、下からマブタのある大目玉を覗き込んだ。
「優しい声をかけたが、あまりお前が起きんかったから、わても寝てしもうたがや、だら。やっと起きなさったか。ボケナス青年。」と聞こえたかと思ったら、マブタがだらっと開いて、ケイスケを凝視する。ごろりとひっくり返って、ヒラヒラと優雅にヒレが舞った。
「ななな、なんじゃこりゃ。」ケイスケはもんどりうって後頭部を簡易ベッドの鉄柱にぶち当ててしまった。
「なんじゃこりゃじゃなかバッテン。おまん、やっと起きたとね。脳足りんの頭は大丈夫ね。したたかにうっちゃったのね。驚かんでもよかっちゃ。おぬしの愛する出目金ちゃんタイ。」ケイスケは頭を自分の手のひらで数回叩いて眼をこすった。
「そぎゃん、頭叩いたら、ますます脳足りんになっちゃう、でしょうが。ま、落ち着かんね。現実を直視せよ。」ケイスケは金魚鉢に近づいて、じっと出目金を見る。
「はあー、はあー、はあー、何なのこれは。」
「そう驚かんでもヨカ。」
「驚くとかレベルじゃなくて、どういうことなの。やっぱ、俺だめになってしまったのかな。麻薬中毒でもないのに、なんでこんなにはっきり幻覚がみえるのかな。おれは廃人になってしまった。」
「廃人も同様タイ。今のおまんは、俳人やったらよかったのう。」
「ななな、なんだ。あんたは何だ。」
「見てのとおり出目金じゃけんのう。優美な雅なランチョウですがな。現実を直視せよ。イナトミケイスケ青年。」ケイスケは後ずさりして、金魚にガンつけた。
「安心せい。ワテはな、おぬしを救いに来たんじゃ。救世主タイ。エンジェルぞ。君にとって。だから心静かに受け入れなさい。現実を。神はあなたのすべての不幸を背負ってくださっている。」
「どういうことなんじゃ。ぎょ、し、しまった。口振りが似てしまった。どういうことなの。これは。」
「礼儀じゃな。まず、挨拶せにゃ、いけませんなー、どすえ。」
「おいでやす。じゃなかった。なんてこったい口振りが・・・あああ、どうにかしてくれ。どうかしてしまった。」
「主様をどうにかするために、わしはここに来たんじゃ。どげんもこげんもならんやつをどげんかせんといかんと、大御神に使命を受けてな、ミッションインパッセブルではなく、ミッションパッシブルで来たんじゃ。気を楽にせよ。今からワテの事情を話してやるケン。お気を確かにお殿様。」
「どうでもいいけど、そのしゃべり、口調はどうにかならないのでしょうか。あーあ、なんかおかしくなってしまった。」ケイスケはやけくそ居直って落ち着き始めた。
「死んでなかったの。あんた。」
「だから、おぬしがなかなか起きんかったから、わしも寝てしもうたと言ったじゃけんのー。」
「そう。でも一安心。死んでなくてよかった。何にもまして死というのは、最大の不幸だよね。」
「その心優しさが、わしは好きじゃ。やっとおまんを愛せるようになってきた。じゃが、その優しさがおぬしの人生をちょっとだけ淋しくしとるかも知れんな。でも最後はその心優しさが勝利するんじゃ。安心せい。」
「気持ち悪、愛してくれなくて結構ですよ。でも僕の人生がどうのこうのって、なんかおこがましくない。ほんとにあんた誰。」
「よう聞きなはれよ、理解力のないその耳かっぽじいて、聞きなはれ。安心せよ、鼓膜も腐っとらんでよ。聞きなはれ、聞かんカイ。」
「どうにかなりませんか、そのしゃべり。どこの方言なんだよ。いちいち耳障り、思考停止。でも僕の思ったことわかるの。」

「我が名は、“印傳極楽毘沙門”インデン・ゴクラク・ビシャモンという高貴な名を大御神からさずかっとる。今回は大目玉の金魚を身にまとっておるから“印傳・極楽金魚・毘沙門”と名のることになりますね。」

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