2013年7月6日土曜日

小説「印傳極楽金魚」

一、君の未来は明るい
「おい、そこのボケ。はよ、起きんかい。二日酔いで寝てる場合じゃないじゃろが。こら、はよ、起きろ。チョンボ野郎、とんま、のろま、人生の落伍者、人間失格者。ドンくさいやっちゃな、そろそろ起きて、生き様を考えんと、どうしようもならんぞなもし。とろくさいやっちゃのー。」
 ケイスケは鉄のお盆で頭をごんごん殴られているような衝撃の中、怒鳴り声を聞いていた。というよりこれは幻聴だ、夢の中だと思わざるを得なかった。思いたかった。幻視の中では金魚鉢の中の出目金が叫んでいるのだった。確かにケイスケは撮影の小道具で昨日使った金魚鉢と出目金一匹を自宅に持ち帰っていた。
「こら、ボケナス。これを夢の中だとおもうとるんと、ちゃうやろな。現実やぞ。お前はもう崖っぷちの人生なんですよ。武士語言えば切羽つまっとる、いうねん。わかっとるんか。なすボケ、間違うたぼけナス。」
 テレビのバラエティ番組で使う小道具として、出目金を用意することになった。めちゃめちゃ眼がでかくて、飛び出していて、豪華で煌びやかなヒレをなびかせて、腰が締まっためちゃめちゃボディコンの出目金を用意せよとアシスタントディレクターのイナトミケイスケに指令が出された。“さてこの金魚はタレントの誰に似ているでしょうか。”というコーナーが作られ、お笑いタレント総勢がだれそれと答えて笑いを取る新コーナーらしい。
 ケイスケは早速、インターネットで情報を得て、金魚屋で買い求めてきた。監督のイメージどおりの金魚は三万円ほどした。あまりにもイメージどおりだったので、プロデューサーの意向も聞かずに請求書扱いで購入したのだ。
 持ち帰ってスタジオで監督とプロデューサーに見せたら、監督はイメージどおりだったので何も言わなかったが、スタジオの隅にプロデューサーにしょっ引かれて、金魚の目玉よりも大きな大目玉で怒鳴られた。
「ばかやろう。お前、この制作費いくらか知ってんのか。ワンコーナーの小道具で三万も使えると思ってんのか。レンタルしてくるのが普通だろう。ボケカス。相変わらず出目金野郎?間違えた“仕事できんやつだ”お前のギャラから引いとくからな。」
「そんな、三万もギャラから引かれたら生活費ほとんどないじゃないですか。」
「馬鹿、一発じゃ引かんよ。毎月一万づつ、三回でな。」
「そんな、殺生な。」
「終わったら、お前持ち帰るなりどうにかしろよ。」とプロデューサーは捨てゼリフを言って、まさか買ってくるなんてとぶつくさいいながら、去っていった。
 本番では、見た目そのままのタレントの名前が出た。大きな目玉をおっぱいに例えて、煌びやかさも似て、こんなにオッパイってパンパンに腫れ上がるのかと思うくらいのオッパイを張り出した謎の爆乳セレブタレント姉妹がターゲットにされ、それなりに笑いをとった。プロデューサーとディレクターの狙い通りにはなったようだけど。
その金魚鉢とその中に出目金がケイスケの部屋に居座っているのだった。ひどい二日酔いで金魚の目と同じように腫れぼったい眼をしたケイスケは、幻影の中に叫ぶ出目金を見ていた。“叫ぶ詩人の会”は知っているけど、叫ぶ出目金は知らない。
「あーあ。飲みすぎで頭完全にイカレてしまった。」ケイスケはよろよろと立ち上げり、冷蔵庫にあるミネラルウォーターを探したが、昨日コンビニで買ってきたはずのボトルは見当たらなかった。水道水を飲んだ。
「不思議と東京の水はうまいよな。海外に行ったら水道水を飲むなんて、相当腹痛を覚悟しなければならないよな。」と一人ごちながら、簡易ベッドに戻って横になった。
病院をロケセットに使うドラマのロケをしたときに、捨てるという病室の簡易ベッドをもらってきたやつだ。ロケ中美術セットのセッティング待ち時間の雑談の中で
「自分は独身アパート住まいでベッドがないのだけど、こういうサイズのベッドは独身者にはちょうど良いですね。」などと話していたら、ロケ終了後プロデューサーが
「おい、イナトミ。このベッド、捨てるらしいからもらって帰って良いらしいぞ。」とお達しがありもらってきたやつだ。それは制作費で処分する予算がかからなくて渡りに船だとプロデューサーのせこい考えのはずだ。
終了後仲間に手伝ってもらって分解し、帰りのロケ車で自分のうちまで一回りしてもらって手に入れたやつだった。
誰かがこのベッドの上でご臨終なさったベッドかもしれなかった。幻影や幻聴が聞こえるのは、その崇りかもしれないと思いながら恐る恐る金魚鉢に眼をやった。

昨日のロケ終了後AD仲間とともに水が漏れないように蓋をして金魚鉢抱えながら飲み屋に直行した。最終日ロケが終了すると、とりあえず翌日はオフになる。必ずといってよいほど打ち上げ、反省会と称して飲みに行く。昨日は珍しくプロデューサーも監督ディレクター陣は別のタレントとのパーティがあるからといって参加せず、ADだけの打ち上げになった。

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